中国核戦略の標的は日本だ


◆「中国は米国との戦争に核兵器を使用する」

2005年7月に、中国軍の最高教育機関である国防大学の高級幹部である朱成虎少将は、香港駐在の外国人記者訪問団との会見の席で、「米国がミサイルや誘導兵器で中国の領土を攻撃するならば、中国は核兵器で反撃せざるをえない」と答えた。
将軍は「中国の領土には、中国軍の艦艇や戦闘機も含まれる」と説明し、さらに「中国は西安以東のすべての都市が破壊されることを覚悟しており」「米国も当然、西海岸の100以上、もしくは200以上、さらにはもっと多くの都市が中国によって破壊されることを覚悟しなければならない」と述べた。

この発言について、わが国には、一部の軍人の跳ね上がった発言との見方があった。
だが、それはとんでもない見当違いの見方である。
朱少将の発言は、中国軍には台湾軍事統一に際して、米軍が軍事介入する場合、通常戦力では米国に勝つ能力はないこと、米国との戦争で中国は核兵器を使用することを明確にしたといえる。

◆かって三回、中国を核威嚇したアメリカ

1996年3月、台湾で初めて総統選挙が実施されたとき、「台湾独立」を志向する李登輝総統の再選を妨害する目的で、中国は弾道ミサイルをはじめとする軍事力を誇示してあからさまに台湾を威嚇した。
このとき米国は「台湾関係法」に基づいて、台湾の北部と南部の海域に2隻の航空母艦を派遣した。

それにより台湾海峡の危機は去ったと云われたが、後になってこのとき中国が米国に対して核攻撃をほのめかしたことが、米国側から明らかにされた。
当時、中国軍の熊光福参謀総長は中国を訪問したフリーマン前国防次官補に、次のように伝えたといわれる。「1950年代に、米国は三回、核兵器で中国を攻撃すると公言した。米国がそのようなことができたのは、中国が反撃できなかったからだ。今は反撃できる。米国は台北よりもロサンゼルスについて、もっと心配したほうがよい」と。

◆毛沢東の決断「核には核を」

毛沢東と聞くと、多くの人は、大躍進・人民公社、あるいは文化大革命を頭に浮かべ、時代錯誤の指導者と考えるであろうが、それはとんでもない間違った認識である。
毛沢東は、核兵器がたんなる戦争の手段ではなく、米国と対等に渡り合える手段であること、すなわち核兵器が大国として行動するために不可欠な政治兵器であることを明確に認識していた。
この経験から毛沢東は通常戦力の近代化よりも核兵器を保有することの重要性と緊急性を認識し、通常戦力の近代化を後回しにしても、核兵器の開発・保有を最優先にして遂行した。
<参考:有名な毛沢東の言葉に「我々は履くべきズボンが無くても核兵器は開発する」がある>

先制攻撃する側は第一撃で相手の核兵器・関連施設をすべて破壊しないと、すなわち一つでも残してしまうと、自国の都市を報復攻撃される。
反対に劣勢側は、一発の核兵器でも敵の第一撃を免れて生き残ることができれば、それで相手国を攻撃(第二撃)することができる。
第二撃の対象は相手国の核兵器・施設ではなく、首都、主要都市である。
多数の都市を攻撃すると威嚇して、住民をパニック状態にすれば、実際に攻撃しなくても、相手国は自国の住民の大量の犠牲を出してまで戦線攻撃することを控えるから、第二撃能力保有国の目的は達成される。

それ故、劣勢側は相手国と同じ数量と質の核兵器を保有する必要はなく、相手国よりも少ない数の核兵器と、ある程度の水準の核兵器を保有することで、相手国と対等の立場に立つことができる。
先に紹介した朱将軍と熊将軍の発言はこのことを指しており、また中国の弾道ミサイル発射地下基地は、中国がいかにして米国の先制核攻撃から生き延びて、核報復するかを前提として構築されたかが理解できるだろう。

◆中国核の実力

果たして今日、中国は自国の核兵器で台湾ばかりか、米国、日本を攻撃すると威嚇できるところまで成長している。自力による開発は苦難に満ちていたが、64年10月に最初の核実験に成功し、66年10月の四回目の実験では短距離とはいえ弾道ミサイルに搭載して爆発させ、六回目の67年6月には水爆実験、そして70年4月には人工衛星を打ち上げ、米国には届かないが、中国周辺の米国の同盟国とそこにある米軍基地を「人質」にとることができる中距離弾道ミサイルが完成した。

最初の核実験が行われた時、日本は東京オリンピックの真っ最中であり、それに備えて新幹線や首都高速道路が建設された。人工衛星が打ち上げられて日本を射程に収めた時、日本では大坂万博が開催されており、前年には東名高速道路が全通して、日本は本格的な自動車時代に入った。
日本は経済成長の真っ只中にあったが、中国は核大国に着実に進展していった。
だが当時も現在も、そのことに気づいている日本人はほとんどいない。

80年5月、中国は南太平洋のフィジー島沖合いに向けて大陸間弾道ミサイルの着弾を成功させた。
このミサイルは、その後改良を加えて、12000km以上飛んで、米国東部地域まで到達することができる「東風5」が完成した。
翌81年10月には、一基のロケットで3個の衛星を打ち上げる実験に成功し、一基のミサイルから複数の弾頭が分かれて、複数の目標に着弾させる多核弾頭を目指すものとして注目された。
次いで翌82年10月には、潜水艦に搭載して潜航したまま水中からの弾道ミサイル発射実験に成功した。
84年4には、静止衛星を打ち上げ、偵察衛星を目的としていると推定された。
同年10月には原子力潜水艦の就航が公表され、88年9月には原子力潜水艦からの弾道ミサイルの水中発射実験にも成功した。
これで米国に届く核兵器開発という所期の目的は達成された。
開発を決断してから25年余り、自力開発に着手してから約20年である。

◆小型・軽量化競争

中国に限らず、米国もソ連も第一世代核兵器は飛ぶだけの兵器である。
3メガトンとか4メガトンの破壊力の大きな核弾頭を搭載して、あたり一面死の灰を撒き散らす核兵器の開発が1950年代から60年代にかけて行われた。

だが米国もソ連も第一世代核兵器の開発を終えると、もっと水準の高い核兵器を開発するようになった。
それは単に飛ぶだけでなく、より正確に目標に到達する。
しかも破壊力が小さく、損傷範囲を最小限にとどめ、ピンポイントを確実に破壊する。
あたり一面に死の灰を撒き散らす事の無い弾頭を作ることに変わった。

精確に飛ばすためには弾道ミサイルの制御能力の向上がもとより必要になるが、それだけでなく、弾頭が小さく、軽いことが必要になる。米ソが核兵器を多数保有するようになったことに加えて、偵察衛星が発達すると、相手の攻撃から生き延びることが問題となってくる。
生き延びるためには、発射時間を要する液体燃料推進方式から時間のかからない個体燃料推進方式への転換が行われ、あるいはミサイルの発射装置が移動式化することが要求されるようになった。
そのためには弾道ミサイルも弾頭も一層小型・軽量化されることが必要になる。

さらに生き延びるという点では、原子力潜水艦が一番効果的である。
原子力潜水艦に搭載するには、弾頭、ミサイル、原子炉などすべてが小型化・軽量化する必要がある。
前に述べたように、米ソの核兵器は多核弾頭といって、複数の目標に個別に着弾するところまで発達した。
これを可能にしたのはコンピューターの導入であり、それにより先進諸国の軍隊では「軍事革命」が行われ、軍隊および戦争の一大変革が生じた。

◆中国の発言力を保障した核保有

毛沢東時代に、中国がひたすら核兵器開発に専心したことは、中国にとって「賢明な」選択だった。
もし中国が通常戦力の近代化に力を入れたとしても、おそらく大した軍事力は出来上がってないであろうから、中国は三流国家として世界から相手にされなかったであろう。台湾に代わって中国が国連に加盟し、大国として発言力を持つようになった背景には、核兵器を保有したことがある。

因みに、ソ連の援助を打ち切られ、中国が自力で核兵器開発に取り組み、人工衛星を打ち上げて、中距離弾道ミサイルが完成して、「最小限核抑止力」を有した1960年代は、中国研究では「不毛の十年」とされる。「中ソ対立」と「文化大革命」があったからである。
だが核兵器開発とそれにより国連に加盟したことを考えるならば、決して「不毛の十年」ではなく、「実りある十年」であったと見る必要がある。


◆保有核兵器の威力と数

1980年代以降、中国は第一世代核兵器を完成して、次世代核兵器の開発に専念している。
特に90年代に、96年9月の「包括的核実験停止条約」締結を前にして、中国は「核実験停止」を願う国際世論に背を向けて、小型・軽量化、複数弾頭化を目的とする核実験を実施した。
また、それを搭載する各種・型の弾道ミサイルが開発されている。
これらのミサイルは発射時間の短い推進燃料に固体燃料を使用しており、生き延びるために移動式の発射台に積載されている。

【東風41】大陸間弾道ミサイル。「東風5」と同じ射程12000kmで米国東部地域に到達できる。2010年までに10基が配備されるとしている。

【東風31】大陸間弾道ミサイル。「東風4」と同じ射程8000kmで、米国の西海岸地区に到達可。重量の軽い核弾頭であれば、米国東部地区に到達可能との見方もある。2002年頃から配備されていると見られ、05年で30基、10年に60基配備される。

【東風21】中距離弾道ミサイル。最初の原潜搭載弾道ミサイル「巨浪1」を、地上発射の道路移動式に改良した最初の弾道ミサイル。射程は1800kmで、わが国をはじめ、中国周辺諸国を射程内に収めている。その後、射程が延伸され、2700km、グアム島の米軍基地を射程に収める3200kmの各型が配備されていると見られる。110基が配備済み。

【東風15・11】短距離弾道ミサイル。それぞれ600kmと300kmで主として台湾攻撃用として配備されている。わが国の沖縄米軍基地も射程内に入る。配備数は500~750基で、年産75~120基と急増している。
このミサイルは80年代に入ってから、鄧小平の、兵器を売却して外貨を獲得し、先進諸国から先進兵器および関連技術を導入するとの方針により、積極的に兵器売却が進められているが、「東風15」は「M9」としてシリアに、「東風11」は「M11」としてパキスタンに売却された。

【巨浪2】地上発射の大陸間弾道ミサイル「東風31」を潜水艦発射式に改良したもの。射程は8000kmで原潜に搭載して太平洋に展開すれば、米国東部地域に到達できる。
原潜の発射管16本に3個の複数弾頭を搭載すれば、総弾頭数は48個となり、攻撃力は大幅に向上する。このミサイルを搭載する新型原潜094が開発されており、2010年が就航予定とされている。

中国は衛星の打ち上げ事業を通じて、他国の資金で弾道ミサイルの性能を確実に向上させてきた。衛星打ち上げに使用されたロケットは、弾道ミサイルと同じ「長城」なので発射技術は着実に向上している。特に一基のロケットによる複数衛星の打ち上げも最初の一回を除いてすべて成功している。
また独自の航法測位衛星を打ち上げ、米国のGPSと同じシステムの開発に着手している。これが完成すると、ミサイルの命中精度は各段と向上する。

何よりも注目される動向は、四回の無人宇宙船の打ち上げに続いて、2003年と05年に友人宇宙船の打ち上げに成功したことだ。こうした中国の大陸間弾道ミサイルの発展に対処するために、米国はミサイル防衛システムを構築している。ところが中国はこれを無力化するために、有人宇宙船を複数打ち上げて、それらをドッキングさせ、宇宙ステーションを建設して、そこからミサイル防衛システムを運用している軍事衛星をレーザー兵器で攻撃するつもりだ。また、宇宙ステーションから任意にミサイルを地上に打ち下ろす事も考えているはずだ。

◆地理的なカギを握る台湾

台湾は中国大陸の沿岸に沿って東から南へと半円形に展開する海域のほぼ真ん中に位置し、大陸沿海を守る自然障壁を形成している。台湾を中心として、大陸沿海の舟山諸島と海南島を結ぶ海域は、自然の海上戦略防衛線を構成し、その沿岸一帯の戦略的縦深を形成している。

この区域には、中国の人口の約五分の一が居住し、多数の工商業都市があり、中国で経済と科学技術が最も発達した地区である。もし対岸の台湾の経済・技術力を合わせると、この地域は世界でも有数の発達した地域となる。
さらに台湾海峡の航行は経済の発展と海外発展に対して決定的な位置を占めており、また台湾海峡の両岸には多数の飛行場や港湾があるから、台湾海峡を挟んで強力な海空軍基地網を形成することができる。

中国大陸の沿海に展開する海域は、大陸を守る自然の障壁であるが、立場を変えれば、中国は周辺の国家・地域によって包囲されており、半封鎖の状態にある。
中共政権成立以来の二十数年間、欧米諸国はこの地理的条件を利用して中国を封じ込め、中国の発展を長期にわたって停滞させた。中国が太平洋に進出するには、あるいはインド洋に進出するには、周辺の国家・地域によって包囲されている半封鎖の状態を突破しなければならないが、その場合、重要なカギとなる位置にいるのが台湾なのである。

◆磐石な日米軍事同盟で米中「チキン・レース」に備えよ

台湾は日本にとって重要な位置にある。台湾は日本の隣国であるばかりか、日本のシーレーンの重要な場所に位置している。それは南シナ海を通って中東にいたるシーレーンばかりでなく、もし台湾が中国に統一されると、中国は太平洋に面した国となる。

中国の潜水艦はわが国の南西諸島海域を通過したり、台湾とフィリッピンの間のバシー海峡を通ることなく、台湾から直接太平洋に出ることができるようになる。
それは太平洋ルートのシーレーンにも影響しないわけにはいかない。
そればかりか、日本列島、南西諸島から台湾へと繋がる第一列島線に対する中国の影響力は増大し、朝鮮半島は中国の影響下に入るであろう。それは米国のアジア戦略と正面から衝突することになる。

中国による台湾の軍事統一は他人事ではない。
中国は「台湾問題は中国の内政問題だ」と日本政府・世論に働きかけてくるだろう。
台湾を支援するために、横須賀から米空母が出航したり、沖縄基地から米軍の攻撃機が出撃する場合には、「東京を核攻撃する」と威嚇することは間違いない。
現在の日本では、間違い無くパニック状態になるだろう。
だがその威嚇に屈したら、日米安保体制は破綻し、日本は中国の強い影響下に入ってしまう。
その威嚇に耐えるには、磐石な日米軍事同盟が大前提である。

「台湾問題」をめぐって遠くない将来起きる米中間の「チキン・レース」は、これまでの「瀬戸際」とは比べられないほど深刻なものとなる。日本は米国とともに中国と競い合う覚悟が必要である。
米国の「核の傘」に依存しながら、米国の核兵器を日本に持ち込むことに反対し、あるいは原子力空母や原子力潜水艦の日本配備に反対する立場は早急に改める必要がある。

日本自身の核武装も含めて、核兵器に関する議論を積極的に展開する時期に来ている。

<『「日本核武装」の論点』平松茂雄氏(中国軍事問題研究者)より>



  • 最終更新:2014-06-02 13:26:38

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